お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “さむさむの冬が来たら”
 


木々が少しずつ色づき始める11月が近づくと、
昔は“七五三が間近いねぇ”という話題になったものが
今時では ハロウィン話の方が盛り上がってしまうように。
12月に入ると関西では歌舞伎座の招き揚げ、関東では羽子板市と来て、
この時期と言えば…と、
忠臣蔵、赤穂浪士の討ち入りなんてのが取り上げられたものが。
今やどこもかしこもクリスマス一色、
大きなツリーへの点灯式や豪奢なイルミネーションなど、
どこもかしこも華やかなディスプレイの話題で持ちきりであり。
遅まきながらやっと錦景彩る紅葉が見ごろになった名刹の話題にしても、
はやばやと陽が落ちてからでも
幻想的なライトアップがじっくりと楽しめますよと、
閉館や閉門時間を遅らせている話をよく聞くものだから、

 「微妙にクリスマスと張り合ってるような気がするのは、
  私だけでしょうかね。」

 「寺社仏閣が多いだけに、ですか?」

そうと、純朴そうな童顔の編集のお兄さんに訊かれ。

 「いや、いくら何でも
  そこまでの深読みはしちゃあいませんけれど。」

宗教戦争もどきとまでは、ちょっと言い過ぎですしねぇ…なんて。
うにむにと言葉を濁したそのまま、
きれいな白い手で湯飲みを持ち上げると、誤魔化すようにお茶をひと啜り。
ずんとあか抜けた風貌だし、機転が利いて軽妙な物言いも多い七郎次だが、
こたびのは 即妙なことをと言ったつもりではなかったらしく。
根は純朴なお人ゆえ、
神仏関わりな場所を捕まえてそんな言い方をしては

 “思わぬ罰が当たるとでも思ったのかしらね。”

金髪に水色の双眸という、
いかにもクリスマスサイドに縁が深そうな風貌をしておいでなのに、
実はバリバリの日本人。
むしろそういう風潮を“嘆かわしい”と言いたかったらしいと
重々判っているだけに。
こういうところが可愛いんだよね、と、
林田さんを微笑ませ、
猫のような糸目をますますと細めさせてしまっておいで。
窓の外に広がるお庭も、
樹木の幾つかはすっかりと葉も落ち、いよいよの冬を感じさせ。
強い風が吹きつけるのか、ひゅうぅんという物寂しい風鳴りが響くと、
部屋の中は暖かくとも、ついつい肩が縮こまる。

 「例年だってこのくらい寒かったような気もするのですが。」

急に寒さが厳しくなったような11月も過ぎ、今や冬本番の12月。
日本海側や北のほうからは雪の便りも聞かれるし、
これでいつも通りのはずなのだけれど、

 「ええ。急な下がりようだからでしょうか、堪えますよねぇ。」

寒いのには強いはずな私でも、
足元とか冷たいなぁと感じることが
もうあるくらいですよと七郎次が苦笑をし。

 「まして、勘兵衛様は寒いのが苦手ですからね。」

特に御用がないおりは、いつもこのコタツにあたっておいでなのですが、

 「執筆中だけはそれも集中に障るらしくて。」

慣れた机と椅子で原稿用紙へ向かわねば、
どうにも調子が出ないとか。
だったらと、
足元にアンカを置くとかエアコンを使うとかしてくれればいいのですが、

 「あまり暖かくなると眠くなるからと、
  言って聞かないのが困りもので。」
 「ははぁ。」

それがせんせえの作法であるならしょうがないと、
編集の林田としては黙って好きにさせ、見守るしかないが、
家人である七郎次はそうはいかない。
体を壊したらどうしますかと、
1回のお籠もりにつき、
最低でも一度は強く主張することにしているようだが、

 「昔は“うるさいなぁ”とムッとしてしまわれたのが、
  むしろいい反応だったものが、
  今じゃあ最初から聞き流しておいでで。」

 「あらまあ。」

怒ってくださった方が、結果としては
“ほれ見い、そんな大仰に案じずとも”なんて
見せつけたいがための、早く書き上げてくださる弾みになってもいたのにね。
ああそうかいそうかいと、話半分に聞き流されては、

 「憎まれっ子になる甲斐もないってもんですよ。」

困ったお人よと口元とがらせつつも、実は深く案じておいでの御主様、
実は今も、急な“お仕事”が降って来たがための執筆中。
林田さんが来てはいるものの、
彼の所属する小説誌のそれではなく、
別の社へと連載している作品の手直しがあったのを、
どういう連絡の行き違いか、
そっちの担当がこんな切羽詰まった頃合いに言って来て、

 『おおおお、お叱りを受けるのが怖い〜。』

そんなたわけたことを言い、
辞表を勝手に編集長に握らせて逐電しちゃった
無責任編集者の ある意味“代理”として、
平身低頭で訪れた彼だとか。

 『何でも、
  デスクから手直しの指示を出されたことさえ
  うっかり忘れてたそうでしてね。』

多数の作品を並行して執筆している勘兵衛だが、
そこは商業作家だ、それぞれの肝くらいはちゃんと把握してもいて、
内容的な矛盾とかいうのじゃあない。
ちょっとした改行とか、
ここの台詞回しを詰めて貰えませんかとか、
この引用は、読者層の若いのには通じないと思いますので
注釈をつけますか、それとも書き崩していただけますかとか、
そういった簡単なものが十カ所ほどだろか。
早めに言えば
さささーとその場であっさり済んだ代物ばかりであったのに、
下手に日が経過しているものだから、
書いたおりの集中やノリを思い出さねば
当人だとて ほいほいとはいじれぬらしく。
それでの“お籠もり”をなさっておいでというわけで。
いきなりのこと、しかもそういった微妙な手直しを依頼され、
極論を言えば
“そっちの責任だろう”と知らん顔をしてもいいところだというに。
そもそも、あんまり義理人情では動かぬ島谷せんせいが、

  今回は まあ林田くんの顔に免じて、なんて

一体どういうバイオリズムだったものか、(おいおい)
あっさり絆されたらしいと来たもんで。

 『こんな時期にそんなことを安請け合いしてどうしますか』と、

後から聞いた七郎次が憤慨しても もう遅く。
ただ今、ちょっと室温の低い執筆用の書斎にお籠もり中のせんせいを、
ただただじっと我慢で待っているこちらの二人だったりするのだが。

 「みゅう?」

不意にそんな声がして。
はい?と見下ろした林田さんの肘と脇の間をこじ開けるようにし、
ひょこんと小さなお顔を出したのが、

 「わ…。」
 「これ、久蔵。」

ちょっぴりひしゃげた三角の大きめなお耳、
ふるるっと揺すぶって元通りにした、
キャラメル色の柔らかい毛並みも愛らしい
メインクーンの久蔵ちゃんが、構っておくれと乱入して来た模様。
お客様への悪戯は駄目ですよと窘めた七郎次のお膝へも、
小さな小さな漆黒の毛玉が、
その身をもっと縮めて一丁前にバネをためてから、
ぴょいっと、絶妙な跳ねようで飛び乗って来ており。

 「にぃみぃ。」
 「おやおや、クロちゃんも来ましたかvv」

あくまでも自分たちのペースで過ごしておいでな仔猫さんたち。
勘兵衛がいれば、お膝に登ってごろごろ懐いての大人しいものが、
今日は朝からずっとお姿を見せぬからだろか、
とたとたとたと窓辺の陽だまりで駆け回っては、
子供同士でじゃれ合っておいでだったのだけれど。
それでなくとも結構冷えるのが さすがに堪えて来たものか、
コタツにあたっておいでの大人たちへ
構って構ってと擦り寄って来たのが可愛らしい。

 「もうちょっとしたらお茶にしましょうねvv」

林田さんが美味しいケーキを持って来てくれましたしねと、
猫に言って理解出来るものなやら、
わざわざ丁寧に文言を並べれば、

 「みゃうvv」
 「みゃんみゃん♪」

後足で立った久蔵ちゃん、
小さな前足を林田さんの胸元へちょんとつき、
なんだい?と見下ろして来たお顔の
あご先を小さな下でちろりんと舐めて差し上げる。
陽にあたってふかふかさの増した毛並みも温かく、
迫り来る冬の到来も忘れさせるよな、
幸せの匂いに包まれているような気がした。





   〜Fine〜 13.12.14.


  *確か、赤穂浪士の吉良邸討ち入りが12月14日ではなかったか。
   この冬一番の寒さに襲われ、
   皆様も難儀しておられませんか?
   風邪には気をつけてくださいませね?

めーるふぉーむvv ご感想はこちらへvv

メルフォへのレスもこちらにvv


戻る